世の中ラボ

【第148回】
性暴力を描く「#Me Too」時代の小説を読む

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2022年9月号より転載。

「#Me Too」運動が世界中に広がったのは2017年。米国ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインらが告発され、長年女性の出演者やスタッフにセクハラや性暴力を働いていたと発覚したのがキッカケだった。
 遅ればせながら日本にも、ようやくその波が訪れつつあるように見える。22年になって映画界における「性加害」の告発が続き、3月18日には是枝裕和、西川美和ら六人の映画監督の有志が「私たちは映画監督の立場を利用したあらゆる暴力に反対します。」と題する声明を発表した。また、4月12日には山内マリコ、柚木麻子ら女性作家一八人が「原作者として、映画業界の性暴力・性加害の撲滅を求めます。」と題する声明を出している。
 二つの声明は主に映画界を対象にしているが、セクハラや性暴力が放置されてきたのは映画界だけではない。
 私の身近なところでいえば、文芸評論家で早稲田大学の教授だった渡部直己のセクハラ事件(18年6月に発覚)、フォトジャーナリスト・広河隆一の性暴力事件(18年12月に発覚)があげられる。とりわけ広河に関しては、彼が編集発行人だった月刊誌「DAYS JAPAN」で、私は創刊直後から一五年近く連載を続けてきた。それだけに事件の衝撃は大きく、一寄稿者にすぎない私でさえ立ち直るまでに相当な時間が必要だった。性暴力事件は直接的な被害者だけではなく、家族や仕事関係者、表現者の場合は作品の支持者にも多大なダメージを与えるのである。
 ところで「#Me Too」運動は文学作品にも波及した。東大生五人の集団強制わいせつ事件に取材した姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』(2018年)、少女時代の忌まわしい体験に端を発して父を殺害した女子大生を描く島本理生『ファーストラヴ』(2018年)はその一例だろう。さらに今年発売された井上荒野『生皮』は典型的ともいえる性暴力事件を扱っている。副題は「あるセクシャルハラスメントの光景」。ともあれ作品を読んでみよう。

教師が生徒を誘う手口とは
『生皮』の舞台はカルチャーセンターの小説講座だ。
 柴田咲歩は動物病院の看護師。書くことが好きで、一時は吉祥寺のカルチャーセンターの小説講座に通っていた。が、七年前にやめた。講師に性的な暴力を受けたのだ。結婚した現在もそのトラウマから逃れられない。〈あの男の匂いが、手の感触が、ペニスが押し入ってきたときの感触が、まだ残っている〉。
 問題の講師は月島光一。文芸編集者として勤務してきた出版社を一四年前に辞め、いまは人気小説講座のカリスマ講師だ。彼が現在目をかけているのは柏原あゆみで、その日もあゆみと食事をしていた。〈こういうの、ちょっと困るんです〉というあゆみの抵抗も彼は意に介さない。〈何が困るんだ? 俺はさ、あゆみともっと話したいと思ってるんだよ。いや……あゆみは、俺ともっと話す必要があるんだよ。小説、上手くなりたいんだろ?〉。
 この期に及んで何をぐずぐず……。いらつく月島のスマホに週刊誌の記者から電話が来る。記者は柴田咲歩の名前を出した。〈彼女は月島さんのことを、セクシャルハラスメントで告発しています。それについてお話をうかがいたいのですが〉。
 こうして七年前の咲歩との一件が暴露されるのだが……。
 なんといっても気色悪いのは、自分が加害者だとは意識していない月島の言動だ。気に入った講座の生徒を誘うにあたり、そもそも彼は〈たとえこれからセックスするとしても、世間の者たちが思うような通俗的な関係じゃないんだ〉と考えている。週刊誌報道を受けての、受講生に対する弁明もこの通り。
〈僕は彼女と、セックスはしました。ある一定期間、そういう、男女の関係だった。これは事実です。(略)彼女との関係は、いわゆる不倫だね。そのことで嫌悪感を持つ人もいるでしょう。それはしかたがない。/ただ、誤解を恐れずに言いますが、この種の欲望は、それこそしかたがない、という考えが僕の中にはある〉。
〈これは僕の生きかたというか、生きるということに対しての考えかたなんですよ〉。〈僕が間違っていたのは、彼女はそのことをわかっているはずだと、思い込んでしまったことです〉。
 この種の性暴力加害者が、いかにも言いそう、考えそうなことである。問題は右のような発想に同調する人が少なくないことで、月島が喋った後の教室では拍手が起きる。講座の後の雑談もしかり。〈ようするに月島先生と付き合ってて、うまくいかなくなったとか、先生が奥さんと別れてくれないとか、そういう理由で逆恨みしてるんでしょう?〉。〈先生が目をかける人全部が、先生の情熱に応えられるとはかぎらないのよね〉。
 セクハラや性暴力事件の多くは、上司と部下、指導者と被指導者のような権力構造の中で起きる。「君には才能がある」「君を一流にしてあげる」といった甘言がそこでは通用するからだ。恐ろしいのは女性の側もそれを「愛」と誤解しかねぬことだろう。
「#Me Too」運動が勢いを増す少し前、17年(邦訳は19年)に台湾で出版された林奕含[リンイーハン]『房思琪[ファンスーチー]の初恋の楽園』は、その構造を暴き出した長編である。〈これは実話をもとにした小説である〉と作者自らが記し、しかも作者がこの本の出版二ヶ月後に自ら命を絶ったことで、台湾では騒然となった問題作だ。
 房思琪と劉怡婷[リュウイーティン]は高雄の高級マンションに暮らす、ともに文学好きの幼なじみ。事件は彼女らが中学生のときに起きた。階下に住む著名な塾の国語教師・李国華[リーグォホァ]に〈君たち一人ずつ、作文をわたしに毎週提出するというのはどうだろう?〉と誘われ、結果、思琪が性的暴力を受けたのだ。翌週も、そのまた翌週も。
〈これは先生の君への愛し方なんだ。わかるかい? 怒らないでほしい〉と教師はいった。〈君は先生が好きで、先生は君が好きなのだから、わしたちは間違ったことはしていない。これは、お互いに好き合っている二人だけがすることのできる究極のことなのだから、わたしに腹をたててはいけないよ〉。
 房思琪は一三歳、李国華は五〇歳。つまりこれは完全な児童虐待、性虐待である。だが教師の言葉にからめとられた彼女はそれが暴力だと気づかず、二人の関係は彼女らが台北の大学に進学した一八歳まで続き、ついに思琪の精神は破壊されてしまうのだ。
 のちに思琪の日記を読んで親友の苦しみを知った怡婷は、苦い後悔にさいなまれる。思琪がかつて何かを訴えようとしたとき、怡婷はひどい言葉で彼女を拒絶したのだ。〈あんたの全身はすっかり、情欲のにおい、夜のにおい、パンツのにおいで、あんたの全身がもはやパンツなのよ〉と。〈もしわたしさえ汚いって嫌ったりしなければ、あんたは狂ったりしなかった?〉。

覚醒する女性、反省しない男たち
 二編が描き出すのは、天と地ほども異なる加害者と被害者の認識の差に加え、事件に巻きこまれた人々の苦悩である。
 韓国の作家ユン・イヒョンの「ピクルス」(『小さな心の同好会』所収)は、そんな複雑な心境を描いた短編だ。
 週刊誌の編集部に勤める主人公のソンウは、ある日、すでに退職した一回り下の後輩ユジュンからメールを受け取る。編集長にモーテルに連れ込まれ、レイプされたという内容だった。「会社の人に事実を知ってもらいたい」というのがユジョンの希望だった。
 対応に窮したソンウは夢の中で編集長に訴える。〈先輩に、性暴力の、被害に遭ったと言ってましたけど……ユジョンが〉。彼は全力で否定した。〈あいつがそう言ったのか?〉〈性暴力だなんて……あいつから仕掛けてきたんだぞ〉〈あいつが、俺を、あからさまに誘惑してきたんだって〉。
 現実のソンウの耳に入るのは同僚の注進だ。〈あの子……現実と想像の区別がつかないんです。起こってもいないことが現実にあったと思ってたり、実際にそう言ったりするんです〉。
 ソンウはそれを否定できない。ユジョンが公開している日記ブログでは、何も行動していないソンウが、ユジョンのために編集長と闘うヒーローのように書かれていたからだ。
 性暴力を描いた小説にハッピーエンドはあり得ない。現実の事件において、たとえ加害者が逮捕されてもハッピーとはいえないのと同様である。では物語の落としどころはどこにある?
『生皮』で事態を進展させたのは、一七年前に柴田咲歩と同様の体験をし、後に芥川賞をとった小荒間洋子だった。月島との過去を反芻し〈了解などしていなかった。私はいやだった〉と結論した洋子は、月島を擁護するために設定された雑誌対談の席で言い放つのだ。〈月島さん、あれはレイプですよ〉。
「ピクルス」のソンウもまた、若い頃、編集長から自身が受けたセクハラを思い出し、今度こそ現実に、ユジョンにも自分にも〈謝るべきだと思います〉と彼に詰め寄る。一見救いがどこにもない『房思琪の初恋の楽園』でも、怡婷は最後、李国華の家に乗り込んで迫るのだ。〈先生、わたしをレイプしてよ〉。
 彼女らの行動は些細な抵抗にすぎず、実際、加害者である男たちは誰ひとり反省しない。現実の事件で、加害男性の多くが「合意はあった」と主張するのと同じである。それでも三冊の小説が被害者以外の女性の「覚醒と抗議」で幕を閉じる点は注目に値しよう。そこにあるのはいわば「With You」の精神だ。
 認識しているか否かの違いだけで、セクハラや性暴力はどこにでも日常的に存在する。小説の強みは、関係者の心の中にまで分け入って、その現場をリアルに再現できる点にある。告発が目的ではないと作者は口を揃えるけれど、告発の意味もやっぱりあるのだ。

【この記事で紹介された本】

『生皮――あるセクシャルハラスメントの光景』
井上荒野、朝日新聞出版、2022年、1980円(税込)

 

〈皮を剝がされた体と心は未だに血を流している。〉(帯より)。カルチャーセンターの小説講座でくり返されてきた、カリスマ講師による受講生に対する性暴力。元受講生の告発でこの件は明るみに出るが……。加害者の妻や娘、被害者の夫、受講生など、当事者を取り巻くさまざまな人々をからめて、事件が広げる波紋を描く。作者はインタビュー記事で広河隆一事件に想を得たと語っている。

『房思琪[ファンスーチー]の初恋の楽園』
林奕含[リンイーハン]/泉京鹿訳、白水社、2019年、2200円(税込)

 

〈先生、わたしのこと愛してる?〉〈世界の裏側を見てしまった少女のもう一つの愛の物語。〉(帯より)。デビュー作である本書の刊行後に作者は自ら命を絶ち、本国では二五万部のベストセラーになった台湾発の長編小説。一三歳で教師の性暴力を受けた少女を描く。主人公以外の被害者や夫のDVに悩む女性も登場。実話にもとづくというが信じられないほど男の行為は悪辣で、胸が塞がれる。

『小さな心の同好会』
ユン・イヒョン/古川綾子訳、亜紀書房、2021年、1760円(税込)

 

〈私たちは、なぜ分かりあえなかったんだろう?〉(帯より)。原著は19年刊。オンラインカフェに集う女性たちが本をつくる表題作、同性愛カップルのズレを描く「スンへとミオ」など、一一編を収めた韓国発の短編集。本文で取り上げた「ピクルス」の初出は17年。韓国文壇でセクハラや性暴力の告発がはじまった一六年を機に、作者は女性の声で書くことを意識しはじめたと述べている。

PR誌ちくま2022年9月号

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