世の中ラボ

【第149回】
「宗教二世」を描いた小説から読み取れること

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2022年10月号より転載。

 七月八日、安倍晋三元首相が参院選の応援演説中に銃撃されて死亡する、衝撃的な事件が起きた。報道によれば、現場で逮捕された四一歳の容疑者は、母が旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の熱心な信者で、多額の献金で家庭が崩壊したこと、また教団に向けたビデオメッセージを送るなど、安倍元首相が教団とつながりがあると思ったことが殺害の動機だったと述べている。
 これを機にクローズアップされたのが、親が宗教にのめり込んだ子どもたち、すなわち「宗教二世」の問題である。
 宗教社会学者の塚田穂高によると、宗教二世の問題が近年可視化されはじめた理由は三つあるという。第一に、新宗教が新しい信者を獲得しにくくなる中、二世以降の信者が数も割合も増えていること。第二に、SNSの普及で二世が悩みや体験を共有できる環境ができたこと。第三に、社会認識が変化して、かつては「しつけ」で片づけられた親の振る舞いが「児童虐待」と認識されるようになったこと(「東洋経済オンライン」八月三〇日)。
 たしかに書籍の世界でも、2010年代以降、二世が自身の体験を描いたコミックエッセイなどの出版が目立っている。
 ところで、じゃあ文学はどうなのか。宗教二世の問題はじつは小説でも描かれてきた。代表的な二作を紹介したい。

あのベストセラーも宗教二世小説だった
 一作目は今村夏子『星の子』である。2017年の芥川賞候補作。これは両親があやしい宗教にハマった中学生の物語だ。
 語り手の「わたし」こと林ちひろは中学三年生。父は損保会社の社員、母は専業主婦である。幼い頃、彼女は身体が弱く、両親は娘の湿疹に悩まされていた。ある日、父は会社の同僚に〈それは水が悪いのです〉といわれ、プラスチック容器に入った水をもらった。〈この水で毎朝毎晩お嬢さんの体を清めておあげなさい〉。
 水を変えて二か月後、ちひろの湿疹は治り、両親もこの水を飲みはじめて風邪ひとつひかなくなった。父は「金星のめぐみ」という名のこの水を通販で購入し、食材もパンフレットに載っていたものに変えた。ちひろは成長とともに健康になり、湿疹が完治した話は奇跡の体験談として会報に載った。
 こうして両親はあやしげな宗教に染まっていく。
 もっとも、この小説は中学生(しかも、かなりぼんやりした)が語り手であるため、それがどんな教義の宗教かは判然としない。わかるのは周囲の人々の反応や、生活環境の変化である。
 叔父(母の弟)は〈だまされてる〉〈たのむから目を覚ましてくれ〉と迫ったり、水を水道水に入れ替える荒療治を試みたりしたが無駄だった。ちひろが小学五年生のとき、高校一年生だった姉は家を出て行った。両親は親戚一同が集まる法事に呼ばれなくなり、親と引き離すべく叔父は〈高校へは、うちから通ってみないか?〉とちひろを誘った。一方、一家は過去四回引っ越しし、そのたびに家は狭くなり、二間になった現在の家は祭壇に占領されていた。
 ちひろ自身も外から見れば両親の振る舞いがおかしいとは感じていたが、深く追及はせず、集会には出るし、年に一度の合宿にも参加する。学校での立場は微妙だが、友達もいる。
〈「あんたも?」となべちゃんにきかれた。「信じてるの?」/「わからない」/とわたしはこたえた。/「わからないけど、お父さんもお母さんも全然風邪ひかないの。わたしもたまにやってみるんだけど、まだわからないんだ」〉。
 親を信じたい気持ちと疑念の狭間で揺れる中学生。はたして彼女を救出すべきなのか、当人が幸せならべつにいいじゃないかと考えるか。どちらともつかぬ形で小説は終わっている。
 さて、もう一作は、2009年のベストセラーになった村上春樹『1Q84』(BOOK1・BOOK2)である。大長編である上、村上春樹らしいトリッキーな仕掛けが凝らされているため惑わされるが、これはハッキリ宗教二世の物語といえる。
 天吾と青豆、子ども時代に一時的に同級生だった二人の主人公を交互に行き来する形式で物語は進行する。
 重要なのは青豆である。彼女の両親は「証人会」という宗教団体の熱心な信者だった。〈キリスト教の分派で、終末論を説き、布教活動を熱心におこない、聖書に書いてあることを字義通りに実行する。たとえば輸血は一切認めない〉など、「エホバの証人」を連想させる教団である。子どもの頃から彼女は禁欲的な生活を強いられ、四歳上の兄とともに一軒一軒民家を訪ねる布教活動に参加させられていた。それがもとで孤立した彼女は、一一歳(五年生)の時に自ら親と決別、親戚の家に逃げ込んだ。
 その後、彼女は体育大学に進み、現在はスポーツクラブのインストラクターとして働いている。しかし彼女には裏の顔がある。プロの暗殺者としての顔だ。彼女の役目は「柳屋敷」(DV被害者を匿う一種の民間シェルター)を運営する老婦人と密約し、DVや性暴力の加害者を暗殺することで、次のターゲットは「さきがけ」なる宗教団体の教祖だった。この教祖は初潮前の一〇歳前後の少女を、自分の娘を含めてレイプしていたのである。
 少女期に宗教で苦しんだ女性が、長じて別のカルト宗教の教祖を狙う。「宗教二世の暴走!」と要約できそうな筋書きだ。
 初読の際、この設定が私には納得できなかった。青豆は親友を、老婦人は娘を、それぞれ夫からのDVで亡くした過去があり、それが復讐の動機となっている。が、仮に「殺してやりたい」と思っても、DVや性暴力の被害者・関係者が加害者の殺害を企てることは通常あり得ない。暴力には暴力を、ではまるで江戸の必殺仕掛人。彼女らの発想は狂っており、むろん何の解決にもならない。
 しかしもし、青豆の人格形成に子どもの頃のカルト宗教体験が影を落としているとしたら……。あるいは柳屋敷自体が、老婦人を教祖とする一種のカルト集団だとしたら?
 注意すべきは青豆が、証人会を脱会し、成長したいまも当時の記憶や習慣から自由ではないことだ。〈青豆は目を閉じ、ほとんど反射的にお祈りの文句を唱えた。物心ついたときから、三度の食事の前にいつもこれを唱えさせられた。ずいぶん昔のことなのに、一字一句まだはっきり覚えている〉。
「さきがけ」の教祖殺害を控えた際の青豆の行動である。大きなストレスがかかると気持ちが過去に戻ってしまう。こうした感覚は、じつはカルト宗教から脱会した実際の二世とも共通している。

宗教二世は児童虐待の被害者
 坂根真実『解毒――エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記』は、生まれた時からエホバの証人の家庭で育ち、一一歳で正式な信者となり、二九歳で除名された女性の体験記である。
 彼女の両親はどちらも複雑な家庭で育った人だった。終末思想への恐怖から入信し、著者も幼い頃から集会に通った。そこは〈私自身にとっても楽しい場所だった。週に三回、集会に行くと友達に会えたからだ。集会以外の日も会衆の友達と遊んでいたので、私の生活は「エホバの証人漬け」の日々となった〉。
 このへんは『星の子』のちひろに類似する。学校に馴染めなければ馴染めぬほど、教団が居心地のよい場所となる。
『解毒』の著者が他の信者と少し違っているのは、二度の結婚と離婚を経験している点だろう。エホバでは婚前交渉を否定し、信者以外との恋愛も原則ご法度。ゆえに出会ってすぐ結婚するカップルも多く、著者も二一歳で同じ二世の男性と結婚した。が、五年後に離婚。原因は夫のDVだった。二九歳で二度目の結婚をしたが、エホバでは再婚が許されぬため、夫とともに「排斥」という名の除名処分となった。だが、そのまた二年後、再婚相手とも彼女は離婚するのである。やはり夫のDVが原因だった。
 なぜそんなことになったのか。〈エホバの証人に入信するということは、ある種の「アディクション」なのである〉と著者はいう。カルト宗教は思考力を奪う。二世は考える力や意思を持てないまま不自然な成長を遂げ、エホバでは女性が職を持つことも嫌う。結果、彼女はさして好きでもない相手と結婚し、破局した。
 カルト関連書籍に必ず出てくるのは、たとえ教義に疑念を持ってもカルト宗教は辞めるのが難しいこと、そして辞めた後にはもっと大きな苦しみが待っている、という話である。生きる力を持てぬまま脱会しても、待っているのは寄る辺のない現実。罪の意識にさいなまれ、仲良くしてきた家族や友人たちにも忌避されて地獄の苦しみを味わう。よって〈洗脳された時点での「心の問題」にメスを入れなければ、もしエホバの証人を辞めたとしても、別の組織から洗脳されてしまうというのが現実だ〉と。
『1Q84』に話を戻すと、老婦人に感化されて善悪の判断ができなくなった青豆も、右と同じ洗脳状態にあるのではないか。
 もちろん小説の読み方は自由である。けれども実社会と照らし合わせて、はじめて察知できる現実もある。一見のどかな『星の子』は将来への不安を孕んだ二世の心理の危うさを、『1Q84』は脱退した二世の認知のゆがみを描いているともいえるのだ。
 カルト宗教が伝統宗教と異なるのは、恐怖で個人の精神を支配し、人生にまで介入してくる点だろう。安倍銃撃事件の容疑者は、信者ではなかったが宗教二世だった。彼らを苦しめるのは霊感商法や多額の献金だけではない。〈親がエホバの証人に洗脳されている場合、子どもたちは自動的に児童虐待の被害者になる〉と『解毒』は述べている。旧統一教会問題は、政治家との癒着がもっか最大の焦点ではある。とはいえ、二世問題は子どもの基本的人権にかかわる。「信教の自由」で片づけるには、あまりにも重い。

【この記事で紹介された本】

『星の子』
今村夏子、朝日文庫、2019年、682円(税込)

 

中学生の「わたし」が語る、宗教にハマった家族の物語。彼女をもっとも動揺させたのは、両親の奇妙な行動(頭に乗せたタオルに水をかける)を好きな教師に目撃されたこと、そして一家の宗教を同じ教師に否定されたことだった。野間文芸新人賞を受賞し、芦田愛菜主演で映画化もされた話題作。なお脱会を迫る叔父の行為は逆効果でしかないことが『解毒』などの体験記を読むとわかる。

『1Q84』(BOOK1・BOOK2)
村上春樹、新潮文庫、2012年、605~649円(税込)

 

大量の要素と謎を孕んでいて眩惑されるが、枝葉をとれば宗教二世の物語。もうひとりの主人公・天吾は小学生時代の青豆に優しい言葉をかけた唯一の同級生で、彼女は天吾への思いを胸に秘める。なお天吾の父はNHKの受信料集金人で、少年時代、父の集金に同行させられた天吾の記憶は、青豆の布教体験とも重なる。作品は遅れて発表されたBOOK3で完結するが、2まで読めば十分。

『解毒――エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記』
坂根真実、KADOKAWA、2016年、1870円(税込)

 

生まれた時からエホバの証人の家庭で育った女性が、自分を取り戻すまでの体験記。思春期の恋愛体験で自我が芽生えるも、家族や友人と会えなくなる恐怖から脱会できず、二九歳で除名されても洗脳は解けない。転機はDVで心身を病んだ際の入院先で主治医に自己変化を促されたことだった。著者は1977年、東京生まれ。体験をベースにしつつも記述は分析的で参考になる点が多い。

PR誌ちくま2022年10月号

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