インターネットのおかげで毎日たくさんの時間を吸い取られている。五十五歳の私には「もう止めなさい」と云ってくれる親も先生もロッテンマイヤーさんもいないから、だらだらといつまでも眺め続けてしまうのだ。そして、ときどきびくっとする。最近そうなったのは、ウェブ上のニュース一覧を見ていた時のこと。その中に、こんな文字を発見したのである。
「安藤美姫が新種の深海生物発見?」
一瞬、詩? と思って、それから自らの考えを否定する。いや、そんなはずはない。これは脳の誤作動だ。歌人という職業柄、不思議な文字の組み合わせを見ると、反射的にそう感じる癖がついているのだ。一見すると意外な言葉の背後では「美姫」と「深海生物」が竜宮城的に響き合っている。氷上の舞姫たる彼女は「深海」では乙姫に変化するのではないか。タイやヒラメの舞い踊りに混ざって、くるくると四回転サルコウを決めながら、まだ見ぬ誰かを待ち続けている。その朝、亀が浜辺でいじめられていた。待て、脳、落ち着くんだ。
誤作動が静まると、今度は疑わしい気持ちが湧き上がってくる。新聞やテレビの見出しとはちがって、ウェブ上のニュースのそれは読み手の興味を引けばなんでもOK的なところがある。どうせこれも本物の「新種の深海生物」じゃないんだろう。コマーシャルやドラマの中の話とか、全然違う何かのことをわざとそう表現しているだけなのだ。騙されないぞ。と思いながら、中身の記事を読んでみると「フィギュアスケート元五輪代表の安藤美姫がテレビ番組のロケで珍しい貝を発見。専門家によれば新種や日本初発見の可能性がある。ただし、学術的に新種かどうか解明されるまでには数年かかる」。えっ、と思う。そうか。本当に発見したのか。疑って悪かった。ごめん。なんかよくわからなくて。
こんなのもあった。
「ヨガはもう古い?」
脳が混乱する。いや……、それは……、古いだろう。古いよな。なんというか、よく知らんけど、たぶん身の回りの大抵のものよりヨガは古いはずだよ。「もう」というよりとっくに。書き手の意図がわからないまま、中身の記事を読むと「2017年のエクササイズ・ベスト10」とのことだった。うーん。その場合、ヨガを引き合いに出すのは適当じゃないと思うんだけど。ちょっと前までは新しかったものを「もう古い?」と提示しないと。でも、そんなことは書いた人だって知っているだろう。じゃあ、これってツッコミ待ちというか、高度な冗談なのかなあ。考えれば考えるほど、わからなくなってくる。わからない。そこへ太郎が通りかかった。
(ほむら・ひろし 歌人)