佐藤文香のネオ歳時記

第10回「ダークマター」「天道虫集ふ」【冬】

「ダークマター」「ビットコイン」「線上降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・冬 分類・天文】
ダークマター
傍題 暗黒物質

 ダークマターとは、重力でのみ他の物質と力を及ぼしあう正体不明の物質。中国の五行説の考え方で四季は青春・朱夏・白秋・玄冬と表されるように、冬といえば黒というイメージは定着しているため、「暗黒物質」も冬の季語としてふさわしい。かもしれないが、まぁ正直に言って、私はダークマターにあまり興味がないので、中高の同級生でT大助教・理学博士のIくんに「ダークマターって何?」と聞いてみた。
「光が素通りしてしまうので目に見えず、電気や磁石の力、原子核の力も及ばない謎の物質だが、宇宙では存在が確実視されている。最初に提唱されたのは銀河の回転速度を測定したとき。天体望遠鏡で銀河の回る速さを調べたところ、光って見えている星々の重量から計算して予想した速さよりも速かったため、光っていない(宇宙なので暗くて黒い)が重力で銀河を回転させている何らかの物質があるとされた」
 なるほど。重力で銀河を回転させている、ね。なんかかっこいい。
「今では、アインシュタインの相対性理論から導かれる重力レンズ効果(重力によって光がまっすぐ進めずゆがめられる効果)によって、宇宙のより遠くの星々からの光が目に見えない何らかのものによって曲げられているのが確認されていて、暗黒物質存在のより直接的な証拠になっている」
 ふむふむ、光を曲げてるのか。やるな。
「その効果を宇宙全体にわたって詳細に調べると、宇宙全体のエネルギーに占める暗黒物質の割合は27%もあり、我々がよく知っている通常の物質は5%しかないことが分かっている。なお、これらとは他に宇宙の膨張を加速させている正体不明のエネルギー(暗黒エネルギー)が残りの68%を占めている」
 なんだよ、暗黒ばっかじゃん。
 というわけで、フェイスブックのメッセンジャーで聞いたわりにすごくちゃんとした答えが返ってきて恐縮している。Iくんによれば「ダークマターを冬の季語とする必然性はない」とのことだが、すでにある季語のなかにも別にその季節じゃなくてもいーじゃん、みたいなのは多いので(中国の行事由来とは言うものの「ぶらんこ」が春の季語とか)お許し願おう。ちなみにIくんの研究テーマは「ポジトロニウムのボース・アインシュタイン凝縮」だそうだ。まったくわからないが、ぜひノーベル物理学賞を受賞してほしい。
 ダークマターを詠んだ句はすでにある。〈一椀の暗黒物質(ダークマター)の初笑〉(関悦史『花咲く機械状独身者たちの活造り』)、この句の季語は「初笑」(新年)ではあるが、暗黒物質からは精神を寒くさせるような何かが感じられる。冬っぽい! 雰囲気だよ、雰囲気!

〈例句〉
父母生きて暗黒物質(ダークマター)をすり抜ける  佐藤文香
ダークマター浮きつやつやと流れけり