昨日、なに読んだ?

File86.レコーディングの渦中に再読して、なんとか「もやもや」をつなげようとする時の本

野添憲治『樺太(サハリン)が宝の島と呼ばれていたころ』/Gary Stewart "Rumba on the River"/ジョナサン・ワイナー『フィンチの嘴』/ヴァージニア・ウルフ『三ギニー』/柴崎友香『千の扉』/桑原甲子雄『東京 1934~1993』ほか

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちがおススメ書籍をそっと教えてくれるリレー書評。今回ご登場いただくのは、先日新曲「船窓 / おろかな指」をリリースされた音楽家のエマーソン北村さんです。

 いろんな表現分野がある中で音楽は特に「エモーショナル」なものだと思われているかも知れない。だけど少なくとも僕にとって、音楽作りの過程はそれほどエモーショナルなことではない。いや、胸の中はめちゃめちゃエモーショナルなのだけど、「自分がそれを表現する」といった意識を持つと、できる曲はなんだか違ったものになってしまう。僕が音楽を作る時、頭の中にあるものは一種の連想、あれやこれやが繋がった「もやもや」で、自分が望むのはそれがうまく形になることだけであり、「テーマ」とか「エモーション」は後になってからその「もやもや」の奥に見えてくる。そういう表現の方が作り手の感情はより確かに伝わるはずだし、僕自身が好きで、作りたいと思っているのはそういうものだ。

 ここ数年、自分の「もやもや」の中心は、「人がある場所からある場所に移動し、時間の中でその移動を生きてゆく」ことにある。そもそも自分の好きな音楽がレゲエ・ジャズ・ロックンロールといった、さまざまな人と文化が出会い、衝突したり融合したりして産まれ拡がったものであって、それを担ったミュージシャンの多くが移動を常とした人生を送ってきたということもあるし、個人的な事情も少しあって、「血」のような不変のもので文化を説明する考え方に大きな違和感を持っていることもある(血こそ、不変のものではないけど)。今年(2022年)になり、戦争によって住む場所を奪われ、現実に移動を余儀なくされる人々を目のあたりにして、僕の「もやもや」は一層収拾がつかなくなっている。だけど同時に、居なくなることによって人と共に消えてしまうような記憶に、音楽や物語(歴史)がどう関わってきたか、これからどう関わっていけるのか、僕の興味はより切実なものになっている。

 実は僕はつい先日までソロ音源の制作を行っていて、まとまって本を読むことができなかった。時間がないという以上に、「エモーショナル」な表現で自分が揺さぶられることに対する恐怖心が、レコーディング中にはあるのだ。それで、一日の作業が終わった後に開く「昨日読んだ本」も何冊かを除いて、ここ二年くらいに読んだものの再読になることが多かった。だけどそうやってランダムに手に取る本が、僕の「もやもや」を解決しないまでも、うまくトレースしてくれることが何度かあった。

 藤原辰史さんが著者名を挙げられていたので図書館で借りて読んだ野添憲治『樺太(サハリン)が宝の島と呼ばれていたころ――海を渡った出稼ぎ日本人』(社会評論社)は、1920年代に東北を中心とする農漁村から北海道のさらに北、当時樺太と呼ばれていた島へ出稼ぎに行った人々への聞き書き。極寒の中で紙の原料となる木を切り出す労働のすさまじさ、親戚の命令で顔も知らない夫に嫁いでゆく女性の話など、朝鮮人労働者に対する差別意識も含めて彼らのありのままの語りが収められている。関西出身の親のもと北海道で生まれ育った僕には、語る言葉使いの自然さが、子供の頃に違和感を持ちながらも聞きなじんでいたイントネーションを思い出させてくれた。イギリスでは、ウインドラッシュ世代と呼ばれる、第二次大戦後にジャマイカやトリニダード・トバゴから渡ってきた人々が社会で大きな存在になっているが、日本でもたくさんの人々が、食べるために「外へ」働きに出ていた時代があったのだ。

 ナイロビのモールに一軒だけあった書店で2019年に買ったGary Stewart "Rumba on the River: A History of the Popular Music of the Two Congos​" (Verso Books)は英語が下手なので三年経った今も読み終えていないのだけど、後にリンガラと呼ばれるアフロポップが誕生する瞬間を捉えていて素晴らしい。1950年代までベルギーとフランスの植民地だった「二つのコンゴ」の首都、後のキンシャサとブラザヴィルで、独立のパワーとキューバ音楽から影響を受けて新しいスタイルを作り出した、ミュージシャンやスモールレーベルの物語。ジャズもレゲエ(スカ)も、その誕生の瞬間を文字にするのは難しいのだけど、この本でそれをはっきり描くことができたのは、「川」の存在のおかげかな。川をはさんだ二つの都市へ人々は仕事を求めてやって来ては、新しい音楽に出会い、結成されたバンドは川に沿ってツアーする。スタジオの若々しい空気や演奏のざらざらした感じまでが伝わってくるようで、読んでいてワクワクする。

 今回のレコーディング中とよく似た「本を読むしかない、だけど心を揺さぶられるのはNG(体力を使うから)」という状況が昨年(2021年)にもあって、それは僕と連れ合いがCOVID-19に感染して肺炎になり、二週間放置された後で入院した時のことだった。病院に一冊だけ持っていった本はジョナサン・ワイナー『フィンチの嘴――ガラパゴスで起きている種の変貌』(ハヤカワ文庫)。進化論を証明するために、ガラパゴスの孤島で幾年も幾年も小鳥のくちばしを測り続ける科学者たちの話。描かれている時代は今でいうゲノム解析が一般化する直前のことであり、デジタルデータなら一瞬で結果の出ることを気の遠くなる手間をかけて行う意味についての本でもあって、自分の音楽制作方法にも通じるなと気づいたのは、退院してからのこと。

 今年三月、まさかもう見ることはないだろうと思っていた戦争の映像を前にして手に取ったのがヴァージニア・ウルフ『三ギニー』(平凡社ライブラリー)。論理と、感情と、その先に横たわるもの(「もやもや」と呼んでもいいかな)がなぜ、この人からはこんなにひしひしと伝わるのだろう。伝記も日記も残せなかった女性、職業女性の「図書室の隙間」。それは僕にとってはまっすぐ、ソン・アラム『大邱(テグ)の夜、ソウルの夜』(ころから)まで続いている。

 柴崎友香『千の扉』(中公文庫)に出てくる「勝男」が大好きだ。相応の歴史を背負ってそうなのにおくびにも出さず、というか自分でもすっかり日常の気楽さに埋没していて、時おり見せる傲慢さだけが印象に残るような男。こんなおじいちゃんになりたいなあ、多分無理だなあ、と読むたびに思う。

 作業で疲れ、もう文字は無理、というときに開くのは、写真集と地図! 桑原甲子雄『東京――1934~1993』(新潮社フォト・ミュゼ)はすでに座右の書。発刊当時は「現代」を示していた1993年の写真にも、いよいよ「過ぎた日々」感が出てきた。『コンサイス東京都35区区分地図帖――戦災焼失区域表示』(日地出版)は1946年に発行された東京の地図の復刻版。赤く塗りつぶされた空襲による焼失の表示は恐ろしいが、言葉で伝えられるのとはまた違う透視感があって、制作者と復刻者の方々の意思が伝わってくる。鶴見俊輔編著『日本の百年9  廃墟の中から―1945~1952​』(ちくま学芸文庫)に収録されている、2021年に亡くなられた小沢信男さんの文章とならんで、とても現代的な、怒りと希望とを見事につないだ記録だと思う。

 

※エマーソン北村さんの最新音源「船窓/おろかな指」の詳細はこちらからどうぞ。https://www.emersonkitamura.com/solo/2022/05/693/

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