丸屋九兵衛

第10回:空気のように自然なイスラム嫌悪。なぜ我々1億3千万は彼ら18億をそう見るのか

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 「どこにでもいる普通の善人たち」が見せる無邪気な差別に、わたしは傷つくのだ。 自分のことでもないのに。

 空気のごとく自然に繰り出されるイスラムへの偏見。時には悪意すらないままに横行する、ムスリムへの無理解。

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【1990年代】
 目黒区の食堂の主人は顔をしかめながら言った。
 「だって、あの人たちは豚肉を食べないんでしょ?」
 それが罪であるかのように。

【2000年代】
 豊島区のトルコ料理店で。
 わたしが各種メゼとエクメク、そしてイシュケンダル・ケバブを食べるあいだ、隣のテーブルに陣取った仕事帰りと思しき男女混成グループは――こともあろうに、こんな場所で――イスラム教は暴力的ウンヌンと語っている。
女「とんでもない宗教じゃない?」
男「ムハンマド法典がそう命じてるんですよ」

 ……それ、ハンムラビ法典ちゃう?

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【2010年代】


 そのTV番組のキャラクターは「アラブとアブラ!」と言った。そして「産出国と産出品」と付け加える。
 気の利いたウィット、無害なシャレのつもりだったのだと思う。


 新宿区で。
 友人に、その友人を紹介された。彼の名前は今村。イマムラだ。
 だから、通称は「イマーム」だという。
 それを聞いて、わたしが「イスラム教の指導者みたいでかっこいいですね」と言ったら、彼は苦笑いして「イヤですねえ」と言った。

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【2018年】

 過日。
 わたしはこんな投票ツイートをしてみた。

【美青年君主・最強王座決定戦パート1】
この4名のうち、最も美しいのは誰か?
君の投票がスルタン界の美青年チャンピオンを決める!
サラーフッディーン(アイユーブ朝)
シャー・イスマーイル1世(サファヴィー朝)
スレイマン1世(オスマン帝国)
アッバース1世(サファヴィー朝)
https://twitter.com/QB_MARUYA/status/1052100565289730048

●サラーフッディーン(アイユーブ朝)12世紀
 「サラディン」として知られるサラーフッディーンことユースフ・ブン・アイユーブはアイユーブ朝の創始者であり、第3回十字軍と戦ったイスラム側の英雄である。もっともイスラム側は、あの戦いを「イスラム対キリスト教の聖戦」ではなく、ぼんやりと「西方から侵略してきた新参民族との戦い」と捉えていたらしい。
 サラディンは、当時のイスラム君主の例に漏れず、美青年好きだったようだ。やりとりから推測すると、敵であるはずのイングランドのリチャード1世(獅子心王)との間に、敵愾心を超えた友情……をも超えた何らかの感情があったように思えてならない。
 いずれにせよ、民族的にはクルドだ。

●シャー・イスマーイル1世(サファヴィー朝)16世紀
 一部で「極悪美少年」とも呼ばれるイシュメールくんは、なんと14歳でサファヴィー朝を興した傑物である。同時代のヨーロッパ人曰く「邪悪なものを感じさせるほど美しい」。なおかつ才能豊かな詩人だったので、それを活かした檄文で各地を扇動し、隣国オスマン帝国に対抗した(が敗退)。
 かつて世界史の教科書では「サファヴィー朝ペルシア」と呼ばれた……が、場所こそペルシア(イラン)ではあるものの、イスマーイル1世自身の出自はおそらくテュルク/トルコ系。より絞って「アゼルバイジャン系」という説もある。

●スレイマン1世(オスマン帝国)16世紀
 世界史上屈指の長命王朝オスマンの黄金期をリードした皇帝。若き日は色白の美青年だったと言われる。一応、民族的にはトルコ……なのだろうが、オスマン帝国の君主たる条件は「オスマン1世の男系の血を引いた男子であること」だけだった。つまり、「母親がどんな民族か」「トルコの純血はどうなるのか」は誰も気にしていない。なので、混血の程度は不明だし、それを考えることも無意味。

●アッバース1世(サファヴィー朝)16~17世紀
 先のシャー・イスマーイル1世の曾孫。イスファハーンに遷都し、サファヴィー朝の最盛期を担った。スキンヘッドに見事な口ひげがチャームポイントで、美少年に酒(たぶん)を注がせている肖像画が有名だ。民族は……まあテュルク/トルコ系なのだろう。

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 下記は、先の投票ツイートを見た知人が送ってきたメールだ。
 これは、わたしの心を打ち砕いた。粉々に。

「投票しました!
画像を見て投票したのに、自分が投票した人を忘れそうですw(全部同じに見えました……汗)。
関係ないかもしれませんが、サウジアラビアって怖い国ですね」

 彼女がまさに、「どこにでもいる普通の善人」なだけに。

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■「全部同じに見えました」

 ここで、映画『クレイジー・リッチ!』で注目されるアクトレス兼ラッパーのオクワフィーナ(Awkwafina)が出したEP『In Fina We Trust』を例に出してみる。
 同作中の寸劇は、彼女が「あなた、コンスタンス・ウーね? 違う? わかった、ジョージ・タケイでしょ!」と人違いされまくる、という内容だ。
 我々東アジア系/人が「お前たちは全員同じに見えるぞ」と散々言われ続けている事実を笑い倒す、彼女一流の皮肉である。

 そんな目に遭ってきた我々が、他者を同じ目に遭わせるとは。孔子だって「己の欲せざる所は人に施す勿(なか)れ」と言っているのに。

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■「関係ないかもしれませんが、サウジアラビアって怖い国ですね」

 ……本当に関係ない。
 例の投票ツイートの対象となっているムスリム君主たちが生きた時代は12世紀から17世紀まで幅があり、エスニシティもさまざま(だがアラブはいない)、支配した国家もそれぞれ。共通点は、イスラム国家の君主ということだけだ。
 なのに。直感的には、彼らスルタンたちと、今日のサウジアラビア王国の一件が関係ありそうに思えてしまう。それが、とても問題なのだ。

 そこで!
 この投票を、ヨーロッパのキリスト教世界に翻案してみよう。

【美青年君主・最強王座決定戦】
フィリップ2世(フランス)12世紀
ヘンリー8世(イングランド)15~16世紀
ルイ14世(フランス)17~18世紀
ルートヴィヒ2世(バイエルン)19世紀

 この投票に参加した人が、「(今の)ロシアって怖い国ですね」と言い出したところを想像してくれ。その場合の自然な反応は「プーチンのロシアとルートヴィヒ2世は、なんにも関係ないやん!」だろう。
 こうやってヨーロッパに翻訳すれば、先の知人発言がどれだけ異常かが伝わるのではないか。同様に、スレイマン1世とサウジアラビアのハンサム皇太子だって全く無関係だから。

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 どうして我々はこうなのか?
 なぜイスラム圏というものを、画一的で、多様性に乏しく、1次元的な、ステレオタイプそのまんまの世界――それもアラブ世界とイコール――として捉えてしまうのか?
 地球人口の1/4ほど、約18億もの信者を有するイスラム世界が、そんなに画一化されていようはずもないのに。

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 「日本は単一民族国家か?」と問われれば、答えは「否」だ。
 だが、その単一民族に属さない「他民族」の人口はとても少ない。一説によれば、この国の住民の98%以上が日本民族らしい。
 だからこそ我々は、他者に対する接し方を学べておらず、そして、その無学が問題にならず放置されているのだと思う。

 しかし、我が国と同様にホモジニアスな大韓民国という社会で生まれ育ったチョン・ホソクという青年――防弾少年団のJ-HOPE――が、多民族国家シンガポールでムスリム女性ファンを前に見せた神ワザ的な対応を見れば、その均質性は言い訳にならないことがわかる。
http://www.mtvasia.com/news/bg1lbm/bts-impresses-fans-by-showing-major-respect-to-a-muslim-fan-in-singapore

 先のアメリカ合衆国・中間選挙では、史上初のムスリム女性国会議員がふたり誕生した。あのドナルド・トランプがのうのうと大統領の座にあり続けられる米国で、である。
 だから、わたしは日本人に問いたい。
 「すぐそこにある多様性に対して、我々は目を閉ざしていていいのか?」と。

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