世の中ラボ

【第142回】
なぜタリバンが勝利したのか、考えてみる

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2022年2月号より転載。

 2021年8月15日、アフガニスタンの反政府勢力(とされる)タリバンが首都カブールを制圧し、二〇年にわたるアメリカの占領統治に終止符が打たれた。ガニ大統領は国外に逃亡し、駐留米軍は撤退。米国史上最長の戦争は、歴史的な敗北で終わった。
 にもかかわらず、アフガニスタンが解放された、という空気とはほど遠い。攻撃の矛先はむしろタリバンに向き、「二〇年前の暗黒時代が復活する」式の論調がメディアでは支配的である。〈あとに残されたのは、二〇年前と変わらぬ武装勢力の支配と、暴力に苦しむ膨大な人々の悲劇である〉(朝日新聞・9月1日付けの社説)的な。「なんだかな」と感じるのは私だけだろうか。
 いうまでもなくこの一件は、01年9月11日の米国同時多発テロ(9・11)に端を発している。当時のブッシュ政権は、ニューヨークの世界貿易センターとペンタゴンへの攻撃を、アフガニスタンに潜伏するアルカーイダの犯行であると断じ、指導者オサマ・ビン・ラーディンらを引き渡すよう、アフガニスタンの大部分を統治していたタリバン政権(イスラム首長国)に要求した。が、タリバンは、証拠がなければ引き渡せないとして要求を拒否。これを理由に、同年10月7日、アメリカはイギリスおよびNATO軍を伴って、アフガニスタンへの空爆を開始したのである。
 彼らの大義名分は「テロとの戦い」だったが、いま考えても難癖に近い、手前勝手な理屈というしかない。結果、タリバン政権は瓦解。その後のアフガニスタンは、カルザイ暫定政権を経て04年にカルザイ大統領の下でアフガニスタン・イスラム共和国が発足するも、それはアメリカの傀儡政権にすぎず、14年に発足したガニ政権も、結局は無惨な醜態をさらして崩壊した。
 一九世紀には大英帝国を、二〇世紀にはソ連を、そして今度はアメリカを追放したアフガニスタン。大国相手にたいしたもんだよ、という評価の仕方だってできなくはないのである。大多数の日本のメディアは西側発の情報を無批判に垂れ流しているように見える。せめてもの抵抗。報道とは少し見方が異なる本を読んでみた。

タリバンはどんな集団か
 中田考『タリバン 復権の真実』は21年10月刊。いま出ている中では、タリバンの実相とアメリカのアフガニスタン支配をもっとも包括的に概観した本といえるだろう。
 そもそもタリバンとはどんな集団なのか。報道だけだと、イスラム原理主義に基づく極悪非道なテロリスト集団、みたいなイメージだが、実態はだいぶ違っているようだ。
 アフガニスタンの歴史と地勢は複雑である。近代国家としてのアフガニスタンは1926年に成立した「アフガニスタン王国」からはじまるが、70年代以降は、度重なる軍事クーデター、ソ連の侵攻、それに抵抗するムジャーヒディーン(イスラム戦士)の蜂起などで、内戦が続いていた。アフガニスタンはまた多民族国家である。最大のエスニック集団は人口の四割強を占めるパシュトゥーン人で、他にもタジク人など、いくつもの集団が存在する。
〈アフガニスタンを理解するにはまずパシュトゥーン人を理解しなければならない〉と中田はいう。パシュトゥーン人には「助けを求める者は、命懸けで守る」という慣習法があり、ビン・ラーディンの引き渡しを求めるアメリカの要求をタリバンが最後まで拒んだのも、この習慣に従ってのことだった。
 94年に結成されたタリバンの初期メンバーは、ほぼ全員パシュトゥーン人、ペシャワールの神学校(マドラサ)の卒業生である。幼少時から寄宿生活で寝食を共にし、修行を重ねてきた彼らは、匪賊化したムジャーヒディーンの権力闘争の場と化したアフガニスタンの「世直し」を目指して蜂起したとされる。
 実際、ソ連撤退後、内紛に明け暮れていた、ムジャーヒディーン政権の残党である北部同盟を追放し、〈イスラーム法に基づく厳格な統治によってアフガニスタンに治安を回復し統合をもたらしたのがタリバン政権であった〉と中田はいう。
 極悪非道なテロ集団というイメージとは、ずいぶん違う気がしないだろうか。しかも九六年にカブールを無血占領し、イスラーム首長国(通称タリバン政権)の樹立を宣言した後のタリバンは、組織自体も変容。〈神学生だけでなく、一般の民衆から兵士になる者も含め、イスラーム首長国の下でタリバンと共に国づくりに参加する者が大量に生まれ〉た。純粋培養された少数精鋭の「僧兵」から、多様なムスリムを含む大きな「人間の集団」へ。
 2001年、そこに突然攻撃を仕掛け、暴力的にタリバンを追放したアメリカ。どっちが治安を乱す者なんだ、という話である。
 その上、タリバンに代わってアメリカが権力の座を与えたのは、あの北部同盟だった。〈「夜盗」、「匪賊」あがりの利権集団〉と中田が呼ぶところの北部同盟に統治能力はなく、傀儡政権を通じてそこに西欧的な価値観を強制したことが、アフガニスタンの伝統社会を周縁化し、抑圧し、復興支援利権をめぐる政治腐敗を招いた。
 西側から見ればタリバンは「反政府武装集団」かもしれないが、タリバンにしてみたら、アメリカこそが侵略者である。彼らが二度目の「世直し」を目指しても不思議はない。
 アメリカに追放されてから、タリバンはイランやパキスタンの援助を受けつつ、抵抗運動を続けてきた。しかも、それから二〇年が経過した現在、タリバンも次の段階に入っていると中田は指摘する。結成当時はバーミヤンの石仏を破壊するなど、血の気の多い神学生だった設立メンバーも、現在はそれなりに分別のある「ウラマー(イスラム学者)」に成長しており、昨年8月の勝利も、パシュトゥーン人のみならず、各地域のタジク人、ウズベク人、ハザラ人など、他のエスニック集団の有力者たちと時間をかけて調整してきたことが大きいという。
〈テロリストのレッテルを貼られながら国際的な包囲網の中で苛酷な弾圧を生き延びた20年の雌伏を経て、世間知らずの若造の田舎僧兵「タリバン」は、海千山千の手練れの政僧「ウラマー」となった。2021年7月末のアメリカを中心とする外国占領軍の撤退以来、カブールへの無血入城まで、戦闘らしい戦闘は行われなかった。タリバンの勝利はなによりも外交的勝利であった〉。
 タリバン贔屓が強すぎる気がしないではないものの、彼らが外交交渉を続けてきたのも事実である。ことに11年、米オバマ大統領が米軍を暫時撤退させる方針を発表した後は、カタールの仲介でアメリカとの交渉を続け、20年2月29日にはトランプ政権の下、一四か月以内にアフガニスタンから米軍を完全撤退させる「対米単独和平協定」をガニ政権抜きで締結させた。こうした経緯を無視して「暗黒の時代の復活」と捉えるのは一面的にすぎよう。

女性の教育は禁止されている?
 とはいえタリバンに民主主義を受け入れる気がなく、ことに女性に対する抑圧が強いことは、大きな懸念材料だ。
 これについては、内藤正典『なぜ、イスラームと衝突し続けるのか』が詳しい。内藤はアメリカのアフガニスタン攻撃がいかに理不尽だったかを述べた上で、この戦争の大義を問題にする。
〈アメリカは、この戦争の途中で、戦争の目的をすり替えました。当初は、「テロとの戦争」を目的としてアル・カーイダを殲滅するためにアフガニスタンに踏み込んだわけですが、タリバン政権を倒してアフガニスタンという国を造り変えるとなると、別の理屈が必要だったのです。/そこで持ち出したのが、女子教育を認めず、女性の人権も認めないタリバン政権を倒さなければならないという理屈でした〉。
 女性を人権抑圧から解放するという主張は正しくても、だから戦争をしていいという理屈には絶対にならない。まして当のアメリカが女性も子どもも無差別に殺戮してきた事実を思えば、どの口が、という話である。イスラムの女性観はたしかに西欧近代主義とは異なるが、トルコ、バングラデシュ、パキスタン、インドネシアなどで女性の首相や大統領が誕生していることからも、イスラムが女性の教育や社会進出を認めないというのは事実に反していると内藤はいう。また中田は、タリバンは男女共学を排しているだけで、女子の教育を禁じてはいないと述べている。
 この件を俯瞰して思うのは、西側はタリバンを、あるいはイスラムをいかに理解しようしてこなかったか、である。
 付け加えておくと、タリバンは潜伏中からロシア、中国、パキスタンなど周辺の大国との関係を築いてきた。〈タリバンは、アメリカの衰退、中露の台頭という新しい状況の中で、地域大国であるのみならず国連常任理事国でもある中露を後ろ盾にすることで、欧米の軍事介入が困難な状況を作り上げた上で、カブールを攻略したのである〉(『タリバン 復権の真実』)。
 だとすると、西側がタリバン叩きに精を出すのは、単にアフガニスタンが中露陣営の傘下に入ることを恐れてのことかもしれない。
 佐藤和孝『タリバンの眼』は、コロナ禍がタリバン快進撃の追い風になった、と見ている。欧米諸国はコロナ対応に追われ、〈中東の対応に経済的資源や人的資源を割く余裕はとうていなかった。タリバンは欧米の内政状況をつぶさに見て、いわば間隙を突くかたちで攻めの手に出たように思われる〉。すげえなタリバン。
 アフガニスタンの前途は多難である。しかし〈欧米諸国は、アフガニスタンでの戦いに敗れたのです。敗れた側が、その後に成立したタリバン政権に向かって、あれをしろ、これをしろと命じるのは筋が通りません〉(『なぜ、イスラームと衝突し続けるのか』)。対話のために必要な条件はまずこのような認識を持つことだろう。

【この記事で紹介された本】

『タリバン 復権の真実』
中田考、ベスト新書、2021年、990円(税込)

 

〈アメリカの世紀の終焉 タリバンは本当に恐怖政治なのか⁉〉(帯より)。著者はイスラム法学者。アフガニスタンでの長年のフィールドワークと、タリバン幹部との個人的な議論を踏まえて、タリバンの誕生から今日までの思想と行動を解説する。後半は09〜10年にタリバンの公式サイトに掲載された、タリバンの思想と行動原理を示すアラビア語の論文の翻訳。多くの知見が得られる好著。

『なぜ、イスラームと衝突し続けるのか――文明間の講和に向けて』
内藤正典、明石書店、2021年、2420円(税込)

 

〈誰がタリバンを甦らせたのか〉(帯より)。著者は現代イスラム地域研究を専門とする研究者。02年1月に出版され長く絶版だった本に、その後の西欧とイスラムの関係をたどる章を加えた増補版。9・11からアフガン戦争へと至る道筋を総括し、米軍撤退後の展望まで視野に入れて、日本のメディアがいかに大きな誤解をしているかを丁寧に説く。イスラムの全体像を知る上で必読。

『タリバンの眼――戦場で考えた』
佐藤和孝、PHP新書、2021年、968円(税込)

 

〈彼らはただのテロリストなのか? 現場の視点で見たアフガニスタンと日本のリアル〉(帯より)。著者はアフガニスタン紛争、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、アメリカ同時多発テロ、イラク戦争などを取材してきたジャーナリスト。「女性差別」「人権抑圧」などの言葉でタリバンを「遅れた存在」と見なすメディアに異を唱え、過去の日本との類似を語る。実感がベースの平易な書。

PR誌ちくま2022年2月号