モチーフで読む浮世絵

守りたい? 守られたい?

江戸時代の人々を熱狂させた浮世絵。 そこに描かれた細々としたモノやコトから当時の暮らしや好みを読み解こう。 動物、グルメ、天候、ファッション……浮世絵師たちの優れた腕前や想像力もご堪能あれ!

 

図1 月岡芳年《風俗三十二相 うるささう 寛政年間処女之風俗》明治21年(1888) メトロポリタン美術館蔵
 

 現代は猫ブームと言われて久しい。ペットとして猫の人気はどんどんと高まっており、平成26年(2014)には、猫の飼育頭数が犬を上回った(ペットフード協会調べ)。だが、猫の人気は現代だけではない。江戸時代や明治時代にさかのぼっても、猫は庶民たちの身近におり、浮世絵に最も頻繁に登場した動物でもあった。


 猫は、愛玩動物として人間と共に暮らしている姿が描かれることが多い。例えば、月岡芳年の《風俗三十二相 うるささう 寛政年間処女之風俗》(図1)。刊行は明治21年(1888)だが、江戸時代の寛政年間(1789~1801)の女性を描いたという設定である。少女は覆いかぶさるように白猫に抱きついている。猫の首に巻かれている赤い首輪は、少女の襦袢の掛襟とお揃いで、少女の猫への溺愛ぶりがうかがえる。題名の「うるささう」とは「うるさそう」の意。少女が騒がしい様子で猫にかまっていることを示している。少女の猫への愛情はあふれているが、猫は「また抱きついてきたな」という落ち着き払った表情だ。飼い主と猫の気持ちが一致するとは限らないのは、昔も今も変わらない。
 

 さて、浮世絵の猫を語る時に忘れてはならないのが歌川国芳だ。猫を描いた浮世絵師はたくさんいるが、点数が一番多く、そして何より、猫の動作や可愛さを描写する技術にかけては国芳が群を抜いている。根っからの猫好きであったためだろう。仕事場でたくさんの猫に囲まれながら絵を描いていたとか、飼い猫が死ぬとお寺に埋葬して戒名をつけてもらっていたなどといった、猫にまつわる逸話が残されている。
 

 国芳の猫と言えば、人間に可愛がられている姿も多いが、さらに記憶に残るのが擬人化した猫である。体が人間の姿をした猫が鞠を蹴ったり、あるいは、猫の顔が歌舞伎役者にそっくりだったりと、現代のマスコットキャラクターやゆるキャラのルーツとなるような、ユニークなデザインのものばかりだ。

 

図2 歌川国芳《鼠よけの猫》天保13年(1842)頃 東京国立博物館蔵 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

 

 だが、ここで紹介したいのは「鼠よけの猫」(図2)という国芳のちょっと変わった珍品である。鈴の付いた首輪をした白地に黒のまだら模様のぶち猫が、何かの気配を察したかのように高い所を見つめている。背中を丸め、後ろ足に力を込めており、飛びかかろうとするチャンスをうかがっているのだろう。何気ない日常の姿だが、この浮世絵が制作された目的は題名からも明らかなように、鼠除けである。画中に「これを家内に張おく時には鼠もこれをみればおのづとおそれをなし次第にすくなくなりて出る事なし」と説明書きがあるように、実用的なおまじないとして家の中に貼られていたのである。

 

 江戸時代や明治時代、猫は単に可愛がるだけが目的のペットではなかった。病気を巻き散らかす鼠を追い払い、日々の健康を守ってくれる大事なパートナーでもあったのである。