加納 Aマッソ

第3回「お前は穴や、」

 ギャルに根菜を取られた。
 当時の私が決めていたギャルの定義は3つ。スカートの丈が極端に短いこと、思ったことをストッパーなく発言すること、そして声がデカいことだった。そして後ろ2つにおいて、チカは群を抜いていた。「暑い」も「親ウザい」も「バイト休みでラッキー」も、チカの心模様はクラス中が知っていた。
 高3の昼休みのことである。教室で友達4人とお弁当を食べていたら、机と机の間をチカがダンスしながら移動していた。ギャルの移動手段は歩行ではなくポップスなのである。私の横を通り過ぎようとした時、ふと立ち止まり、「いや!」と言って私のお弁当に目を留めた。「いや!」は、標準語でいうところの「あら!」である。正確には、それに相手を咎めるようなニュアンスが含まれたもの、と言えばいいかもしれない。私は何も悪いことはしていない。「なんや」と私が言い終わらないうちに、チカはれんこんのきんぴらをチョイッと指でつまんで口にほうった。「何してんねん」と反射的に腰を浮かしたが、全く意に介さず「チカ、シャキシャキしたん好きやねん」と返してきた。へえ、シャキシャキしたんが、好きなんや。そらようおました。チカは三口で全部のれんこんを平らげたが、二口目が一番おいしそうな顔をした。普通こういうのは最初か最後やろ、と少し笑った私を見て、思いきったおかずの強奪がウケたと勘違いしたチカが、満足そうな笑顔を見せた。チカはお礼にガムを一粒置いて、もと来た道をまたダンスで引き返していった。根菜摂取前と比べて、心なしか踊りのキレが増していた。

 ところで、「さきお風呂はいりー」と言うために生まれてきた動物・オカン(♀)は、この夜も生きる目的を遂行していた。帰宅してカバンを置くと同時に「ごはんまだ?」と聞いた私に、待ってましたと言わんばかりに息を短く吸い、ゆっくり「さきお風呂はいり〜」と吐き出した。私はのろのろとお風呂場へと向かったが、普段と違って一発で仕留められたことに気をよくしたオカンが、「ポケットの中身ちゃんと出しや〜」「服は裏返して脱ぎなや〜」と続け、余韻を楽しんでいた。限りなく「おん」に近い「うん」で返事をしながら、扉を閉めて制服のスカートに手をかけると、ポケットに何か入っているのに気づいた。出してみるとそれは、チカがくれたガムだった。包んでいた銀紙がすこしめくれて、つるつるした薄むらさき色が覗いていた。私はオカンの「お風呂入り〜」の発音で「ブル〜ベリ〜」と雑に言った。

 夜中、お茶を飲もうと真っ暗な台所で冷蔵庫を開けると、下のチルド室から誰かのすすり泣く声が聞こえた。おそるおそる覗いてみると、それは、れんこんだった。スーパーに売られている状態の、白いトレイに乗せられた100gのれんこんである。全身を小刻みに震わせて、ラップと擦れる部分から小さくシィシィと音がしている。そしてよく見ると、驚いたことにれんこんの穴が全部なくなっていたのである。私は慌ててれんこんを冷蔵庫から取り出し、テーブルの上に置いた。電気をつけようとしたら嫌がったので、暗いままにした。
 落ち着いたのを見て、「なにが気に食わへんのや」と聞いた。するとれんこんは「そういう年頃だ」と言った。自分でも分かってはいるが、どうも塞ぎ込んでしまって、風通しの悪い環境を作ってしまうのだという。私は、いかにそれが愚かなことかを説いた。お前がお前以外のものになれないことを知った時に、お前は今までよりもっとシャキシャキするんや、分かるか。分かりません。何で分からんのや。分からんもんは分からんのです。ほなええ、それやったらそうやってずっと山芋やっとけ。どこが山芋なんですか。そんな穴なし、お前は山芋じゃ、芋っころっ。違います心外です。なにが心外、それなられんこんである証拠を見せてみろっ。皮を見てもらったら分かります。アホいえ誰がお前を皮で判断する、お前は穴や、穴がお前でお前は穴なんや分かったかっ。

 テレビの音で目がさめた。体にはブランケットがかかっていた。疲れてそのまま眠ってしまったらしい。「はよ用意しいや遅刻すんでー」の声に混じってトーストを焼いている音が聞こえる。私は飛び起きて、冷蔵庫のドアを力強く開けた。チルド室には、穴のあいたれんこんが照れくさそうにそこにいた。「あんた、昨日れんこん出しっぱなしやったで」怪訝そうなオカンに私は「れんこん、またきんぴらにしてくれへん?」と言った。「わかったわかった」というオカンの声を聞かせると、れんこんの穴がまた一段と大きくなった気がした。すっかり自信を取り戻したようだ。そこで私はニヤリとして声を低くし、「でもな、そのきんぴらをな、黒ギャルが食べるんやでぇ!!!」と言うと、れんこんは「ひぃぃっ!!」と声をあげ、また、穴がひとつもなくなった。

 

            次回の更新は8月22日(水)です

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