加納 Aマッソ

第47回「愛しき私の365日」

 12月に入ると、とにかく人と食事に行く。コロナ禍のご時世ということは関係なく、毎年「忘年会」といった大げさなものよりも、いろんなコミュニティでできた知り合い少数としっぽり鍋を囲むというようなものが多い。お酒がほとんど飲めないので、残念ながら日頃先輩にとって「飲みに誘いやすい後輩」には分類されていないが、そんな私でも年末の夜のスケジュールは賑やかなものである。誘いを受けるだけではなく、自分からも上の人に「来週どこか空いてます?」と声をかけたり、芸人仲間との埃をかぶったグループLINEを、調子の良いスタンプを投下して久しぶりに動かしてみたりする。昔から「友達の多さ」を誇る奴は中身が希薄な奴だと感じていたが、12月だけは「芸人って毎年知り合い増えて楽しいな〜」と呑気に喜んでいる。
 しかし毎月それほど変わらない仕事量であるのに、年末だけ人との交流時間を確保しようという気になるのは、それまでの11カ月が常に「今そんなことしてる場合じゃないのでは?」という感情との戦いだからだ。私は特に仕事とプライベートとの切り替えがうまくできないたちで、仲の良い友人と食事に行っても、うっすら頭の隅に「あれもあれも、やらなあかんこと残ってる〜」と思ってしまう。だからなおさら親しくない知人との食事は後回しになる。ところが12月になると、突然「そんなん言うてたら一生行かれへんぞ」という気持ちに変わるから不思議だ。
 「ごはん行く行くモード」に切り替わった私は、タガが外れたように人を誘う。まずは、毎日連絡を取り合っているyoutubeの制作チーム。「たまにはゆっくりごはんでも食べよう」というと、企画会議in居酒屋だと思ったようで、そうではないという説明の代わりに、慌てて下世話な話をする。「今年は一回も実家に帰らなかった」という一人の発言から、3年も一緒に活動をしている仲間の出身地を知り、「兵庫なんや」「え、言ってませんでしたっけ」という今更ながらの会話に興じるのも楽しい。
 次は、ライブを手伝ってくれたときに「また今度お礼するね」と言っていた後輩だ。たいてい1〜2年目の若手芸人であることが多いので、ネタを見たこともなければどんな性格の奴かもわからない。これは自分の座持ちの良さが問われるかと思いきや、「向こうがこちらをものすごく知ってくれている」という最強のアドバンテージがある。その後輩は「同期の誰よりも手伝いに入って、多くのネタを見て勉強した」と言った。そうなるとあとは「好きな芸人」と「嫌いな芸人」を聞き出せば、だいたいその子の輪郭は見えてきて、楽しい食事の3時間はあっという間に過ぎていく。もちろん「慕われていないかも」と感じ取った場合は、1時間で切り上げるという臨機応変さも忘れない。
 次は「またごはん行きましょう」という社交辞令丸出しの約束をしていた、2度だけ仕事をしたことのあるスタッフさんだ。私の「今日の夜空いてますか?」の連絡に明らかに驚いた様子だったが、「23時からなら大丈夫です」と言って、遅い時間ながら駆けつけてくれた。私は「当日誘い」が成功した喜びでテンション設定[強]で食事をスタートさせ、うっすら漂う「あれ、もしかしてあんまり共通の話題ない?」の空気を「来年楽しいことしたいっすね〜」のみで封じ込めることに成功する。
 その次は、先月電車で隣り合わせた女流棋士だ。「せっかく隣り合わせたのに試合のことが頭いっぱいで、服おしりで踏んでてすみませんでした」「いえいえ! 封じ手した帰りやったんですねー」「はい、でも負けたんで今シーズンはもう終わりです!」「竜王戦おつですー! ごはん行きましょー!」彼女とは薄暗いバーでノンアルコールカクテルを飲み交わす。ハイチェアーの上にも正座している彼女に、「いや試合ちゃうねん!」とツッコみ、口ひげを蓄えたマスターは「君たち、職業病でてるよ」と低い声で笑う。
 夏に訪れた美術館の誘導員とは焼き鳥屋へ、道で肩がぶつかったマッサージ師とはもつ鍋をつつき、移動中の車内から見えた店頭のペッパー君とは温泉宿で海鮮を食べた。みんなそれぞれ、今年はどんな年だったかを教えてくれた。そして当たり前だが、私が過ごしたのとは違う一年を過ごしていた。一日として、全く同じ日を過ごした人はいない。
 そう思うと、自分だけの一年が急に愛おしくなってくる。嗚呼、愛しき私の365日、365日を丸ごと抱きしめたい。全ての日々よ、出会ってくれてありがとう。そう思ってスケジュール帳を開き、指の腹で一日一日を愛でてみようと思ったところで、今年一番の「こんなことしている場合じゃない」の気持ちが体を支配した。

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