昨日、なに読んだ?

File85. 家をおっ建てたくなったときに読む本

読売新聞社会部『日本の土』(東京大学出版会) /後藤暢子・後藤幸子・後藤文子+伊東豊雄『中野本町の家』(住まいの図書出版局) /トマス・ウルフ『天使よ故郷を見よ』上・下(大沢衛訳、講談社文芸文庫)

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちがおススメ書籍をそっと教えてくれるリレー書評。今回ご登場いただくのは、『蹴爪』『震える虹彩』など、精力的に作品を発表し続けている、作家の水原涼さんです。

 地元の同級生はもうだいたい車を持ってる。私は持ってない。免許も。何年か前に原付の免許が切れて、更新しに都庁に行ったらここじゃなくて遠くの、どっか海辺の免許センターに行け、と言われてそのままだ。山手線の内側に住んでるかぎり、車や原付の運転ができなくてもたいして問題はない。しかし家は、家ばかりはなくてもいいとはいいがたい。
 私はもうじき生まれてから三十三年経つが、その間ずっとどこかに住んでた。
 生まれたときは親と一緒で、それから十何年は親の仕事や家族の増減、肉親の介護なんかの都合にあわせて引っ越して、はじめて自分で引っ越し先を選んだのは十八歳の春の大学進学のときだ。それから二年に一回くらい、なんか飽きた、大家と喧嘩した、結婚した、離婚した、進学した、と転居を重ね、いまのワンルームは四年半、人生で二番目に長く住んでいる。ぜんぶ賃貸だ。
 人生の歳月のすべてを、他人が所有してる家なり部屋なりで過ごしてきた。買おうと思ったことがあるわけではない。そんな金もないし。不動産を所有することのリスク!みたいな話は探せば人生ぜんぶ使っても読み切れないくらい大量に見つかる。家はへたしたら人間より早く老いる。だから一生を賃貸で過ごす人も東京なんかではきっとたいして珍しくない。
 でも私の地元は、西日本の小さな街だ。両親と私が住んだのは借家ばかりだったが、祖父母の代までは農家だったから、家もその敷地もそれなりの広さの田畑も、あとたしか近くの山も、あっこからそっちまではうちのもん、と父はこともなげに言った。
 山に何があるん。
 何も。じいちゃんがアカマツ植えたけどマツタケはできんくて、松林はあるけど、そんだけ。
 行ったところで松しかない、と車を出してもくれず、何もないならわざわざ歩いてくのも面倒で、その山に行ったことはない。
 読売新聞社会部『日本の土』(東京大学出版会)は、山形県中部のある農家の一年に取材したルポルタージュだ。終戦の十年後、神武景気のただ中にあって、昭和三十年は空前の大豊作の年だった。戦後の農地改革の記憶も新しく、自作農こそ民主主義のバックボーンである、という指摘などは、祖父の愚痴まじりの思い出話と重なるところが多かった。食糧管理法下の米の統制とその緩和、裏でうごめいていた政治的なかけひきなど、社会部らしい分析も行き届いている。
 しかし本書において戦後の農地改革は、GHQや日本政府ではなく、村にやってきた〈ジープのだんなさま、キャラハン軍曹〉によってもたらされる。本書のいちばん面白いところは、取材陣が農村に入り込み、四千枚のフィルムを費やして記録した、農家の人々の生活の記述になっていることだ。
 農協の選挙でいがみ合っていても、毎年の刈り入れがはじまると〈政治休戦〉だ。農薬の急激な普及(この家では農薬代が五年間で十五倍になった)も本書では、米の品質や収量ではなく、十四歳と六歳、たった八歳の差の二人が、かたやイナゴを食ったことがあり、かたやその名も聞いたことがない、というジェネレーションギャップとして描かれる。
 年によって、天候、土壌、種蒔きや植えつけのタイミング、数え切れない偶然によって、どの品種が当たるかわからない。だから農家の主は、シーズンのはじめに、何よりもまず今期の主力の品種を定めることになる。
 ひとつの品種に一点張りするのは危険だし、副業として作っている草履のために、藁の質のよい品種を一定以上植える必要がある。さまざまな要素を勘案して、それでも最後は〈経験とカン〉で、主はいくつかの品種を一町二畝半の田圃に振り分ける。
 結果的にこの年は豊作に終わった。「うまぐえぐどぎは、苦労すねえでも、こんげだもんだ」と主は呟く。凶作であれば逆のことを言っただろう。毎年の刈り入れの時期、きっと全国の農家で、同じような呟きが繰り返されてきた。
 私の地元からは離れた土地の、しかしこういう人らは私の地元にもきっといた、他人とは思えん家族の生活の息づかい。
 本書刊行から六十七年経った。本書の最後にこの一家に、長男と仔馬が相次いで生まれた。仔馬はたぶん死んだが赤ん坊は今ごろ六十代後半、ちょうど私の倍くらいの年齢だ。農家を継ぐのは長男で、「二、三男だば、かわいそうだな、よそさ出て行かねばなんねえからな!」と赤子の父は言っていたが、今はもうそういう時代じゃない。そろそろリタイアする年齢で、彼は今どこにいるんだろう。